本テキストは、展覧会「国際的非暴力展#SUM_MER_2025」の記録集に、総務の沢田朔が寄稿したものです。
主催者の許可を得て、その内容を転載します。
アイスブレイク、そのあと−「国際的非暴力展#SUM_MER_2025」によせて
沢田朔(アートマネージャー、極セカイ研究所総務)
「この国の思想設計そのものが、間違っているからです。」−『南緯六〇度線の約束』5巻、うめ、2025
極域、特に南極は、地球上でほぼ唯一と言って良い、誰のものでもない場所である。そこにいるのは主に「リサーチャー」であり、科学観測を目的に各国が基地を置き、国際的な協調体制がとられている。「パクス・アンタークティカ」は、あまねく支配が行き届いた、安定状態のことではない。各国が支配の欲望を持ち続けながら、その野望を科学観測を建前として「凍結」している状態のことである。この特殊な「平和」のかたちが呼び出しているものを、批評家で極セカイ研究所所長の黒嵜想は「イメージ」と解釈している。
極大なタイムスケールでわれわれ人類の文化・文明を相対化し、地球の来たるところと行く末を知らせる南極大陸は、現実の国際政治から虚構の物語にいたるまで、世界の方針を占う場所として利用されている。
つまり、南極が有するもっとも巨大な資源とは「イメージ」である。
しかし極地のイメージを利用して作成されたさまざまな世界理解は、数多くの参照とその広範な影響にもかかわらず、人文的・思想的な関心の外におかれている。そして極地をめぐる関心のほとんどもまた、科学的あるいは政治学的なものに占められているように思える。
−BOOTH 南極誌『P2P(ピーツーピー)』第〇号 所長あいさつ
もっと噛み砕いて言うならば、「平和」という極めて哲学的な概念の象徴でありながら「理系」のイメージに偏っている南極に対し、「文系」の視点を入れていこう、そして南極のイメージを「批評」していこうというのが、我々極セカイ研究所の活動目的である。そのアウトプットとして、動画で喋ったり、雑誌「P2P」を作ったりしているというのが、極セカイ研究所の仕事だ。将来的には、我が国の南極観測事業に「芸術家」を加え、実際に南極に渡ることを野望としている。
極セカイ研究所は、京都市左京区一乗寺の集合住宅の一角に事務所を構えている。事務所といっても、本棚とソファ、ホワイトボード、雑誌の在庫などを無造作に詰め込んだ場所でしかないが、仕事場であり、時に来客を迎えたり、配信スタジオになったり、宿泊場所になったりするささやかな城である。
「国際的非暴力展#SUM_MER_2025」では、これ自体を「作品」とみなし、まるごとギャラリーアクアに移設することにした。日頃僕たちが無駄話も交えながら過ごしている場所を、来客に体感してもらう。とはいえギャラリーの中なので、いつものように喫煙や飲食はできない。できるといえば本を読むことぐらいなので、P2Pや南極関連の資料を並べておいた(南極条約の条文も!)。会期中の日曜日には、公開編集会議と称して、P2P次号の構想やコンテンツについて話すこともした。
また、関連イベントとして漫画『南緯六〇度線の約束』作画担当の妹尾朝子さんをゲストに迎えてのトークイベントも行った。このイベントでは、初めに2017年に実施された「南極ビエンナーレ」の記録映画を上映し、その感想を妹尾さんにうかがい、その後『南緯六〇度線の約束』で試みられていることと、黒嵜の極域に関する問題意識を重ね合わせたトークが展開された。手前味噌ではあるが、極めて有意義なイベントであったので、その成果は次号のP2Pに活かせればと考えている。
『南緯六〇度線の約束』5巻に登場する、戦艦大和の設計に携わった造船技師槇尾重(モデルは大日本帝国海軍技術大佐の牧野茂だろう)は、大日本帝国を象徴した戦艦である大和と人命の喪失を悔いて、南極に渡る「宗谷」を砕氷艦として再設計する。20世紀という時代にこの国は奇しくも、最強の暴力と、科学による復興を象徴する二隻の船を生み出した。支配の暴力から、調査の技術へ。
今年(2025年)は敗戦から80年の年であった。我が国はそれ以来、表立って対外的に軍事的な暴力を行使していない。そのかわり、南極観測は風物詩のように行われている。国際社会に復帰するときにあてがわれた氷の海に、宗谷の後を継いだ砕氷艦「しらせ」が毎年挑んでいる。しらせは自衛艦だが、敵を攻撃する能力は持たない。持っているのは砕氷能力だ。この国にただ一隻の船に託されたイメージ。それは氷を砕くことである。「凍結」された秩序を、毎年のように少しだけ「アイスブレイク」する船。
我が国はこれまで、南極という氷の大地において、辺境での「アイスブレイク」を担ってきた。しかし今、文字通り氷は溶けている。自らの手によって氷を溶かしている僕たちが、「欲望」の凍結が永久に続くことを無邪気に信じてはいられない。かつて描かれた「平和」の設計図を、僕たちは急いで書き直さなくてはならないのだ。
氷がある世界、なくなっていく世界、なくなった後の世界。それぞれの世界で人々はどう生きていたのか。そして僕たちはどう生きるべきなのか。
次号P2Pでは、南極の「氷象」を手がかりに、そのあたりに迫っていきたいと思っている。期待してお待ちいただければ幸いである。